Learning by doing  | いのちがめぐる暮らし

まなび、めぐる暮らし

八ヶ岳で大切な人と愛しい時間を|Terroir 愛と胃袋

Learning by doing
実践しながら学ぶ|vol.8

tanetoのテーマの一つは「 – Learning by doing – 実践しながら学ぶこと」。環境問題に取り組みたいと思っても問題が複雑に思えて「何をしていいのか分からない」という声も多いなか、正解のないこの時代に進む道をみつけ、ひと足先に「めぐる暮らし」をはじめているあの人にお話を聞いてみるコーナーです。

今回お話を伺ったのは、鈴木信作さんと石田恵海さんご夫妻。


フランス料理と日本料理の技術を取り入れたやさしさを感じるお料理。かつて宿場町だったちいさな集落の一角にある、八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir 愛と胃袋」を営んでいます。



山梨のオールスターズと日々精一杯を積み重ねる

築180年近い古民家の前に立ち思い出したのは、山のなかで時折感じる圧倒的な自然に対する畏敬の念と、何か大きな存在に包まれるような安心感でした。

この古民家で八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir 愛と胃袋」を営むのは、シェフ・鈴木信作さんとマダム・石田恵海さんご夫妻。東京都内で人気レストランを営業していたふたりが、八ヶ岳の麓に移住した理由と現在のお店づくりに至る思いを伺いました。

都心から八ヶ岳の山麓へ

東京・三軒茶屋で「Restaurant 愛と胃袋」を営んでいた時から、オーガニック食材を扱い、ウェルフェアトレード(福祉施設との公正な取引)やバリアフリー設計を大切にした店づくりをしていたふたり。


「おいしいと感じたお野菜が、たまたま障害者施設に通う方々が作ってくださっているものだったり、マダムが仕事やボランティアで福祉施設と関わりがあったりなど、自然な流れで取り入れていました」

信作さんが腕を振るい、恵海さんが朗らかなサービスで料理の背景や食文化を伝えるお店は、多くの人に愛される人気店でした。ところがオープンして丸4年がたった2015年8月、ふたりは店を閉め、山梨への移転開業を決意します。

「子どもが小学校に上がる前に店舗兼住居にできる物件に引っ越そうと、はじめは都内で移転先を探していました。でもいいと思う物件は、土地代や自宅建設費、店舗改装費を含めると1億円ぐらいかかることがわかって。だからと言って、十分に満足できる規模かというとそうでもない。その時にあらためて、『私たち、そんなに東京でお店がしたいんだっけ?』と話し合ったんです」


レストランでは、広大な山林を自由に歩き回りながら育った完全放牧野生牛「ジビーフ」や平飼い鶏の卵、自然栽培の野菜を扱っていながら、自分たちはその真逆の生き方をしているように感じたという恵海さん。

「話してみたら、実はふたりとも東京でお店を続けることにこだわりがないとわかりました。当時は家賃や光熱費、言ってしまえばただ息をするために月100万円くらいかかっていたので、『それなら地方に行こうよ』って、決めてからは早かったですね」

「既存のお客さまも訪れやすい」「日本有数のワインの産地」「自然栽培の野菜をはじめ、すばらしい作り手がたくさんいる」「森や山があり、子育てにいい環境」

いくつかの要因が決め手となり、2016年1月、信作さんファミリーは山梨県・北杜市に移住しました。


「土地や物件を見て回るなか、ご挨拶に伺った生産者さんから紹介していただいたのが、いま私たちがレストランを開いているこの場所です。それまで古民家を何軒も見てきたのですが、ここはイメージしていた古民家と全くレベルが違いました。すごく大きくてきれいで、その当時で築170年を超えていたと思いますが、状態もよくて驚きました。と同時に、これだけ広い建物を店舗として改装するとなると、どれだけお金がかかるんだろうと不安もありました。もはや私たちが選ぶというより、建物が私たちを選んでくれるかどうかという気持ちでしたね」

その後紆余曲折はありながらも、もともと厩(うまや)だった部分をレストランとして改装することが決まり、新天地での店づくりが動き出しました。


Terroir(テロワール)を表現する

ふたりは店舗のオープンと前後し、木樽で仕込む味噌づくりの会や、おやこシェア田んぼの活動を開始。改装途中の古民家のお披露目と味噌づくりを兼ねて開催した時は、60人ほどが集まったと言います。

「この土地をお借りしている立場なので、やっぱり生かされているというか、周りの方々にいかに貢献していくかという思いは、移住当初からありました」と信作さん。

2017年4月、「Terroir 愛と胃袋」をオープン。店名は「Restaurant」から、土地の味わいを意味する「Terroir(テロワール)」へ。どんな心境の変化があったのでしょうか。

「三軒茶屋の時は日本の食材を使っていたのに対し、いまは扱っている食材の9割が山梨県産です。この土地の味わいを料理で表現すること、そしてすてきな作り手の方が山梨にはたくさんいらっしゃるので、そういった方たちとも一緒に表現していきたいという思いがあります。器も、このメニューの和紙も、県内の作家さんや職人さんのものなんですよ」

 

そう言って信作さんが手渡してくれたメニューは、野性的な風合いと優美さを感じさせる手すきの和紙。1行目には「ALL STARS」と印字されており、その下に生産物と生産者の名前が何行にもわたり並んでいます。まさにオールスターズ。

「雑誌の奥付や映画のエンドロールのようなイメージで作りました。本当に、地域の方々の協力によってできているお店なんです」と恵海さん。

できるだけ“そこらへんのもの”

「Terroir 愛と胃袋」をオープンして3年後の2020年7月には、道をはさんで向かいの古民家を改装し、一棟貸しの宿「旅と裸足」をオープン。当時のコンセプトは「サステナブル田舎ステイ」でしたが、最近はその言葉が「そんなにしっくりきていない」と恵海さんは話します。


「サステナブルという言葉そのものが少し古い感じがするというか、取り扱いが難しいと感じていて。いまはただ、日常に戻る前の癒やしの場になれたらと思っています。コロナが落ち着いてきた頃に宿泊されたお客さまから、『本当に寝心地がよくて、久しぶりにゆったりできた』と言われた時、すごくうれしかったんですよね。ここで過ごす時間が明日の力になったらいいなという思いがあり、最近は自分たちで『古民家ラグジュアリースイート』と呼ぶこともあります」

1棟貸しの広々とした空間で過ごす贅沢なひととき。用意されているアメニティーは、自然由来100%のヘアケアグッズや竹製の歯ブラシなど。サステナブルをあえて謳うまでもなく、当たり前に環境に配慮されたものが用意されていることも、心地よさをつくるひとつなのかもしれません。

さらに特筆すべきは、クリーニングまでオーガニックを徹底していること。

「厳しい基準を定め、健康や環境に配慮したホテル運営を推進するビオホテル協会の日本支部の方とお話ししていた時、オーガニッククリーニングの存在を教えていただきました。いくらオーガニックコットンのタオルやシーツを使っていても、洗濯がオーガニックじゃなければ意味がないとおっしゃっていて。私たちも家では植物由来の洗剤を使っているのに、宿は違うって、たしかによくないなと思ったんです」

そこから恵海さんのクリーニング会社を探す旅がはじまりました。山梨県内のクリーニング店にオーガニッククリーニングについて問い合わせては、断られる日々。そのなかで唯一、「これからの時代、絶対必要ですよね」と興味を持ってくれたのが、「クリーニングうみの」の海野さんでした。そこから2年かけ、海野さんはすべてのクリーニングを、化学物質を使わないオーガニックに切り替えてくれたと言います。

「いまでは宿のリネンもレストランで使うクロスやユニフォームも、クリーニングはすべて海野さんにお願いしています。お気に入りのものを長く大切に使ってほしいと、海野さんのところでは衣類のお直しや染め直し、靴や鞄のクリーニングや修理まで対応してくださっているんですよ」

環境負荷が小さく人にもやさしいものをと、クリーニングまで徹底していながら、ふたりはそれらの取り組みを特別なこととはとらえていないようです。


「環境のために何かするという考え方って、すごく都会的な感じがするんですよね。移住してきた時は結構イキがって、『やるぞ』みたいなところがあったんですけど(笑)でもある程度こちらに住んでいると、そこらへんにあるものでどうにかすることが、ただ自然な行為だと気づいたんです。テーブルの上のお花もこのへんに生えているものですが、お客さまは喜んでくださるんですよね。だからできるだけそこらへんのものっていうのは、大事にしています」

「料理も、木から落ちた朴葉を香りづけに使ったり、このへんに咲いているタンポポで酵母を作ったり。自然のものを求めてきてくださるお客さまが多いので、なるべく取り入れたいと思っています」

ふと窓の外に目をやると、花壇の向こうに、筒状に張ったネットが見えました。


「あれ、枯葉コンポストなんです。夏は刈った草なども入れています。分解が進むと下の方からだんだん堆肥状になっていくので、花壇でハーブや食べられるお花を育てる時に使っています。簡単に作れるので、ご家庭にもおすすめですよ」

北杜市に移住し8回目の春を迎えたふたり。最後に、土地の印象を聞いてみました。

「すごくいいところですよね。移住先を探されているお客さまにもおすすめしています。毎日山を見て飽きるかと思ったら、『やーきれいだな』『今日はあんなところまで見える』って、もう全然飽きないんです。子どもたちにとっては、山や森があり、馬や牛がいる風景が当たり前の日常で。こんな環境で子どもを育てられるのは、やっぱりいいなと思います」と恵海さん。

「いまは山梨の魅力を発信していきたいという思いが大きいですね。お客さまはもちろん、作り手として関わってくださっている方たちにも喜んでもらいたいですし、一緒に山梨を盛り上げていけたらと思っています」と信作さん。


八ヶ岳周辺の人と自然の営みのなかで、日々精一杯を積み重ねていく。信作さん、恵海さん、そして山梨のオールスターズが織りなすやさしい時間を味わいに、大切な人と訪れたい場所です。

Terroir愛と胃袋

〒408-0001 山梨県北杜市高根町長澤414
HP https://aitoibukuro.com
Instagram @aitoibukuro
定休日 月曜日・火曜日
営業時間 11時30分~14時00分/17時30分~21時00分

赤錆 ナナ|@nana.akasabi
整体師、山小屋スタッフ、Webサイト制作を経てフリーライターに。幅広い領域で「つくる」を楽しむ人の物語を発信する。馬と山が好き。


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