Learning by doing
実践しながら学ぶ|vol.20
tanetoのテーマの一つは「 – Learning by doing – 実践しながら学ぶこと」。環境問題に取り組みたいと思っても問題が複雑に思えて「何をしていいのか分からない」という声も多いなか、正解のないこの時代に進む道をみつけ、ひと足先に「めぐる暮らし」をはじめているあの人にお話を聞いてみるコーナーです。
萌木の村ナチュラルガーデンマンス2025
環境省「自然共生サイト」認定を記念して開催された特別対談に参加しました。会場には多くの方が足を運び、自然とのつながりをどう次世代へ受け継ぐかを一緒に考える場となりました。今回のスピーカーは、地域環境の最前線で活躍されているこちらのおふたり。

ポール・スミザー/ランドスケープデザイナー、ホーティカルチャリスト(園芸家)
2012年より山梨県清里高原「萌木の村」にて庭づくりを始め、革新的な手法での八ヶ岳の自然と共生する庭づくりが注目を集める。人にも自然生態系にもやさしい持続可能な環境づくりを目指して活動中。
HP|https://www.gardenrooms.jp/

村山 力/日本MAB(ユネスコ:人間と生物圏)計画支援委員
県立武田の杜保健休養林所長や山梨県職員として環境保全などの業務に携わる。絶滅危惧種など希少な動植物の保護、ユネスコエコパークや自然共生サイトの推進など幅広く活躍中。
HP|https://y-zouen.jp/takeda/
野鳥も虫も大歓迎! 多様な生き物が集う庭
対談イベントがあった6月、標高1,200mの清里高原は種まきシーズンの真っ只中でした。ナチュラルガーデンズMOEGIでは、日向、木陰、水辺、乾燥地帯など個々の植物が好む環境に合わせて10種類ほどのエリアを整備し、それぞれ特色あるガーデンをつくっています。
「自分がこの植物だったら、ここがちょうどいいなという場所に指で穴を開け、種を入れていきます。歩きながら本人の好きそうなところにね」種まきの様子を楽しそうに語るポールさん。まるで知人のことを話すように植物や動物のことを話します。

「これはちょっと人生経験が少ない方ね」。そう言ってスライドに映し出したのは、1匹のウリ坊(イノシシの子ども)の写真。田畑を荒らす生き物として「厄介者」扱いされることの多いイノシシですが、ポールさんが彼らに向ける眼差しは少し違うようです。
「これもすごくね、いい仕事をしています。力が入るこの鼻で、土をどかしたり穴を掘ったりする。そうすると何十年も発芽しなかったものが発芽したりするんですよね」
ナチュラルガーデンズMOEGIで植栽中の自身のことは……「これはちょっとオシャレなイノシシ(笑)。ジョウビタキは間違いなく私たちのことを変な格好をしたイノシシだと思っています。毛深いイノシシたちの後をついていくと、掘り返された土の中からいろんな虫が出てくることをわかっているから、庭仕事の間ずっと近くにいます」

ポールさんが10年以上にわたり整備を続けてきたナチュラルガーデンズMOEGIは、多様な生き物が集うにぎやかで美しいガーデンです。農薬や化学肥料を一切使わず、自然の理にかなった生態系を豊かにする庭づくりによって、動物・植物・昆虫・爬虫類・鳥類がすこやかに共生する空間が生まれています。
土の中では微生物が元気に活動し、植物の根と菌は互いに必要な養分を送り合い、助け合いながら生きています。
「だいたい9割以上の植物はそうやって菌と組んでいるんですよね。そうじゃないと自分たちの力だけではやっていけません。地面が健康になると、その上に広がる世界も元気になるんですよ」
ポールさんの話を聞いていると、人間は多くの生き物の中のひとつでしかないという当たり前のことに気づかされます。

森づくりの立役者・カケス
2025年3月、ナチュラルガーデンズMOEGIが環境省の定める「自然共生サイト」に認定されました。自然共生サイトとは「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」として国から認められたエリアで、いわば民間の保護区のようなもの。背景には、2022年12月に開催されたCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)において、ネイチャーポジティブ(自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること)を実現するために、2030年までに陸と海の30%以上を保全する「30by30目標」がグローバルターゲットとして掲げられたことがあります。日本はこの目標を達成するため、2023年度から自然共生サイトの取り組みを始めました。

ナチュラルガーデンズMOEGIは、認定基準のひとつである「生物多様性の価値に関する基準」の、「生態系サービスを提供する場であって、在来種を中心とした多様な動植物種からなる健全な生態系が存する場」に該当します。
生態系サービスとは、生態系が人間にもたらす恩恵のことです。水や酸素、食料、燃料など私たちが生きるために欠かせないほとんど全てのものが自然から与えられています。
とはいえ現代の生活は、日々の暮らしと生態系とのつながりが見えにくくなっているのも事実です。村山さんは人間と生態系との結びつきがわかる例として、甲府の水瓶である荒川ダム周辺に広がるミズナラの森の話をしてくれました。
「雨が降ると森が水を受け止めてくれます。もしこの森がなければ、雨が降るたびにダムに土砂が流れ込み、あっという間に水が飲めなくなってしまいます。この森を誰がつくっているのかというと、意外にもカケスという鳥がドングリを運んでいるんです」
カケスは冬に備え食料を貯蔵するために、ドングリを運び地面に埋めます。多い時でワンシーズンに4,000個ほど埋めると言われていますが、ひと冬の間にすべて食べるわけではありません。食べ残されたドングリは発芽し、やがてミズナラの森になります。
一見すると何の関わりもないように思える私たちの飲み水とカケス。しかし一歩引いて眺めてみると、森づくりの立役者であるカケスが生息できる環境を保全することが、私たちの暮らしを守ることにつながっていることが見えてきます。

ナチュラルガーデンから始まるまちづくり
「萌木の村には、ショップがあってレストランもあって人の営みがあるんですね。その中に希少な植物が健全に生育していて、生態系がある。レストラン『萌木の村ROCK』のカレーを食べる人が並んでいる横で、絶滅危惧種が元気に育っている。ここが素晴らしいんですよ。いま求められているのはやはり自然との共生なんです」と村山さん。
自然共生サイト認定の際も、年間50万人もの人が訪れ自由に歩き回れる場所でありながら、在来種を中心にさまざまな植物が育ち豊かな生態系が保たれている点を高く評価されたと言います。
八ヶ岳に自生する多年草を中心に700種類を超える植物が育ち、数多くの希少種や絶滅危惧種が存在しているナチュラルガーデンズMOEGIは、希少な種を守る「シードバンク」の役割も担っています。
ナチュラルガーデンズMOEGIがひとつの模範となり、さまざまな場所でナチュラルガーデンの取り組みが広がり、ゆくゆくはエコシティーのように自然と共生したまちづくりにまで発展していってほしいと、村山さんは期待を寄せています。
「生活に必要な構造物をつくる時、ナチュラルガーデンの技術を使って自然への影響を緩和させたり、周囲の環境と調和させたりすることができるんです」
ポールさんは、構造物をつくりながら環境を良くする意識を持ってほしいと訴えます。
「どうせつくるんだったら最初から良いものをつくろうよ。ちゃんと虫目線になってやった方が(自然が回復するのは)全然早いと思う」

自然の中に身を置いて心や肌で感じてみる
萌木の村がナチュラルガーデンに取り組み始めたのは、ポールさんがガーデンの監修を務めるようになった2012年のこと。それ以前の30年間は、社長の舩木上次さんを中心に、化学肥料や除草剤を用いた従来の庭づくりをしていました。
ポールさんと出会った頃、長年萌木の村の庭をつくってきたという自負があった舩木さんは、農薬や化学肥料を一切使わないポールさんのスタイルをなかなか受け入れられなかったと言います。しかしそこから10年以上が経過した現在、舩木さんは、ポールさんが手掛ける生態系を豊かにする庭づくりに深い信頼を寄せています。

「ポール・スミザーさんは、生き物への愛に溢れた人だと思っています。作業する時、彼が手袋をはめて植物に触っている姿を見たことがありません。基本的には頭で考えるのではなく心や肌で感じる、その力が私は大事だと思っています」
頭で考えずとも、周囲の生き物と助け合って生きる術を知っている植物たち。自然と共に生きるヒントがナチュラルガーデンには詰まっているのかもしれません。
萌木の村では毎年6月に「萌木の村ナチュラルガーデンマンス」が開催されているとのこと。移ろう季節の色や香りを楽しみながら、庭をめぐり、暮らしに取り入れたくなるアイデアに出会えるガーデンイベントです。年ごとに少しずつ表情を変える風景を味わいに、ぜひ訪ねてみてくださいね。

萌木の村
〒407-0301 山梨県北杜市高根町清里3545
HP https://www.moeginomura.co.jp
Instagram @moeginomurapr


赤錆 ナナ|@nana.akasabi
整体師、山小屋スタッフ、Webサイト制作を経てフリーライターに。幅広い領域で「つくる」を楽しむ人の物語を発信する。馬と山が好き。
