19歳でセラピストの資格を取って以来、整体やオイルトリートメントで身体を整えることが編集長である私の仕事でした。「セラピストがなぜウェブメディア?」と思われた方もいるかもしれません。よろしければ少しだけお付き合いください。
時はコロナ禍。
2020年4月オープン予定だった自宅サロンが子どもの登園自粛でその年の夏に延期になり、ぽっかりと時間が空いた私は、インターネットで環境問題について調べ自分に出来ることを探すようになりました。
そもそも環境問題に興味を持った発端は、セラピストとして長年活動を続けるなかで「なぜこんなにも不健康な人が多いのだろう?」と素朴な疑問を持ったこと。
サロンを訪れるお客さまは、身体のどこかに不調を抱えている方がほとんどです。施術で症状が緩和されても、しばらくするとまた別の部位に不調が現れてしまう。
健康な身体をつくるためには、本人の意思や努力だけの問題ではなく、ライフスタイルという意味でも社会全体の環境を整えなければ、人は健康に生きることが出来ないと思うようになりました。
そして、30代前半で息子が生まれた時「この先の社会はどうなっていくのか?」「この子が大きくなる頃、地球環境はどうなっているのだろう…?」と、絶望的にも思える課題を前に子どもたちの未来に漠然とした不安を感じ、これまで以上に外の世界が気にかかりはじめました。
知ることで
きっと変わる未来がある
その頃友人や知人と話していてよく耳にしたのは、「環境のために何かしたいけれど、何をしたらいいかわからない」という声でした。
これだけ情報があふれている社会。「そうは言っても、調べたらいくらでも出てくるだろう」と思い、試しに山梨県内のエシカルなお店や取り組みについて検索してみたところ、たしかにあまりヒットしません。
「せっかく行動したいと思っている人がいるのに、情報がなくて動けずにいるのはもったいない。環境に関心のある人にとって入り口となるような、人や地球に配慮した取り組みを紹介するメディアをつくろう」
2020年10月、tanetoの前身となる山梨県内のエシカルな情報を扱うWebサイトを立ち上げました。
セラピストとして自宅サロンを運営しながら、気になるお店や人にアポを取り、取材に行き、記事を書いて公開する。独学からのスタートで編集スキルを磨くため、ローカルな情報を発信する出版社でも働きはじめました。原動力は自分自身の「何が出来るのかちゃんと知りたい」「子どもたちの為に何かしたい」という思いでした。
思い込みを変えてくれた
環境活動家との出会い
しかし自らエシカルなメディアを運営するようになっても、これまで以上に環境のことを意識した暮らしをするようになっても、正直なところ私は、環境活動家に苦手意識を持っていました。悲観的で、見る人や聞く人の恐怖心をあおる、そんなイメージを持っていたのです。
その考えが大きく変わったのは、2021年12月、環境活動家・谷口たかひささんの存在を知ったことがきっかけでした。
気候変動について調べていた時、偶然目にした動画で谷口さんは「社会はよくなっているし、私たち一人ひとりに社会を変える力がある」と語っていました。
人はちゃんと失敗から学んでいる。「変えたい」と思って声を上げ行動を起こしたからこそ、少しずつ改善に向かっていったのだと。
「そうか、私たちには社会を変える力があるんだ」
それは人や環境について考え続けるなかで、はじめて出会った希望だったかもしれません。
たくさんの人にこの希望を知ってほしい。山梨県で講演会を開きたい!勢いのまま谷口さんのSNSにダイレクトメッセージを送ると、なんと数分もたたず前向きなお返事をいただきました。
それから半年後の2022年5月、会場探しや当日の運営サポートなど、多くの方のご協力のおかげで谷口さんの講演を市と共催し、当日200名の方が谷口さんの話に耳を傾け、時折涙する人たちの姿を見ては胸が熱くなったことを昨日のことの様に覚えています。
今振り返ってみると、私の環境活動の始まりはここからでした。
この講演会がきっかけでいくつもの出会いが生まれ、ベストセラーとなった環境本「ドローダウン」や「Regeneration」の出版支援を行った社団に広報として参加。その後も「甲州環境市民会議」を立ち上げたり、「やまなし環境財団」に運営委員として携わるなど、活動の幅が広がっていきました。
2度目の挑戦
2020年に立ち上げ2年ほど続けたWebサイトは、ボランティアでの運営でした。取材に行って話を聞かせてもらい、その方の想いに触れるほど、「ちゃんと届けたい」という思いは強くなっていきます。それでもサイトを作り込み、誠実に伝えたいと思うほど、自分の仕事や生活の時間が圧迫されていく。私は次第に疲弊していきました。
「本当にしたいことってなんだろう」
「今の社会に必要なことってなんだろう」
一度立ち止まって、構築し直そう。もう疲れたと思うほどやってみたから、「続けるためには、きちんと事業にしよう」と覚悟が決まりました。
その頃、チームでの活動は気候危機を一世代で終わらせるための日本版解決策リスト作りに着手していました。都市やエネルギー、産業、土地、食べ物、野生生物。どの分野にどんな課題があり、国内でどういった取り組みがされているのか。リスト作りを通じて環境問題を俯瞰して見られたことで、ある思いに行き当たりました。
「人の行動変容を促すためには、自分が住む地域に根差した取り組みを知ることもやはり大切なのではないか」
たとえば山梨で暮らしている人が、遠くの街のお店や取り組みを知っても、多くの場合「そんなお店があるんだね」で終わってしまいます。山梨の人にとって必要なのは、「明日行ってみよう」と思えるような、日常的に行ける範囲にあるお店や、実際に暮らしの中で関わることのできる人とのつながりなのではないか。こうした身近なつながりは、長く続けていく為にも大切なこと。
「想いを持って事業を営んでいる人やアクションを起こしている人と、『知りたい』『何かしたい』と思っている人を結びつけるものが必要だ」あらためてそう実感した私は、再びエシカルな情報サイトの立ち上げに向けて動き出しました。
今度は、自分の暮らしを犠牲にせず、身近な人たちの役に立ち、社会もよくなる事業を目指して。
2023年8月、新しいウェブメディア「taneto(タネト)」は「やまなし未来共創プロジェクト」に採択され、2024年の2月にウェブサイトをリリースしました。
私たちには未来を選ぶ力がある
環境問題は、向き合えば向き合うほどネガティブな情報が出てきます。私自身もはじめは、怒りも、絶望感もありました。「こんな世界に子どもを生んでよかったのか」と、苦しかった時期もありました。
ですが、谷口さんやリジェネレーション(再生)という考え方を知り、そこで出会う人たちと対話を重ねていくなかで、人には社会を変える力があると気づくことができました。その揺るぎない事実は、私にとって今もなお大きな希望です。
知らずに何かしらの搾取に加担してしまっていることは、沢山あります。これだけモノやサービスが溢れる社会の中で、すべてに気を配ることは不可能だとも感じます。それでも、社会は人の意思の力で変わってきたはず。
一つひとつの自分の行動に意識を向け、意思を持って選択していくこと。たくさんの選択肢の中から、それぞれのライフスタイルにあった方法で選べる力をつけていくこと。さまざまな価値観を知ったうえで、自分はどうありたいのかを考え、実践したり対話できる場所が必要なのだと感じています。
地球環境から人の健康を考える
18年以上セラピストとして身体と向き合い、見えてきたことがあります。それは、健康と環境は密接に結びついているということ。その事実に気づいた時に出逢ったのが、「プラネタリーヘルス」という言葉でした。
地球環境から人の健康を考えるという概念が、ストンと腑に落ちた感覚。
温暖化が進み、低地の植物が枯れ、魚の数より増えた海のゴミ。自然災害が頻発し、疫病が蔓延していく。仮にそんな未来が訪れたとしたら、私たちが健康に生きていけるはずもありません。環境問題に向き合うのは「地球のため」ではなく、そもそも「私たちのため」。人が生み出した暮らしのシステムが、本当に健康に良いものであれば、私たちは環境も汚染することなく生きていける。
心身の不調は、ライフスタイルが合っていないという内側からの訴えです。さまざまな社会課題や気候危機も、何かを間違えているという社会や地球からのサインと捉えることができます。
身体の症状も社会課題も、原因を作り出しているのは私たちの日々の選択です。今身近にある問題が自分たちで蒔いた種なのだとしたら、せめて少しでも未来にとっていい種蒔きがしたい。
そんな想いで、今は「taneto」を運営しています。
再び取材にそして今、感じること
事業にしようと再スタートしたものの、今でもtanetoはボランティアで携わってくれる仲間に支えてもらいながら運営しています。広告費に頼らず運営しているのは広告をもらうための媒体にしたくないと感じているからですが、決意を新たに踏み出して知ったのは、自分の命の時間を使ってでもどうにかこの問題を解決したいと願う人たちの存在でした。
「何かしたいと感じている人も、解決したいと思っている人たちも沢山いる」今はマイノリティーだと感じて発せずにいるだれかの小さなその声を、少しでもエンパワーしたい。遠い世界のことではなく身近なところに、同じ想いを持っている仲間が沢山いると知ったからこそ、そんな想いを持つ様になりました。
私たちのリサーチは、山梨県内の環境に配慮している飲食店だけでも200店舗を超えました。今も日々、増え続けています。環境に関するNPOだけでも180件、その他にも県や企業の取り組み、有機農業に携わる人たち。個人や任意団体などを含めたら数えきれないほど。これだけアンテナを張っていても、まだまだ知らない取り組みに溢れています。
小さな声を大きな力に
知らないだけで、出逢えていなかっただけで、いないわけではなかった。一歩踏み出せばこんなにも沢山の人たちが、未来のために行動しているともっと早く気付けていたら…。ならばもう少しだけでも、「意識高い」と揶揄され「そっち系ね」と一括りにされてしまう「環境活動」という言葉のイメージを、親しみやすくポジティブなものにしたい。
「人と人、人と自然のつながりを取り戻す」tanetoは同じ想いを描く仲間を見つけ、共に行動していくために立ち上げたエシカルメディアです。だからこそ、情報をただ見るだけではなく、その先で生きる人たちに逢いに行って欲しい。
私自身も知りたいと思って活動を始めた3年前。たくさんの仲間に出逢い、それこそが人生を豊かにしてくれていることに後から気づきました。その仲間たちが支えてくれるからこそ、今もこうして活動することが出来ています。
体感しなければ理解できなかったこと、関わりあわなければ気づかなかったこと。仲間ができるからこそ一歩を踏み出し、その先で気づけること。今の現状をより深く知り、tanetoに集まった小さな声を少しでも大きな力にできるよう、私たちは活動していきます。
未来に希望の種まきをしよう
tanetoは今まで、飲食店のリサーチをベースに進めてきました。それは、食が欠かすことの出来ない人の生きる源であり、親しみやすい入り口でもあるからです。今現在は外部の提携メンバーも増え、tanetoのボランティアスタッフ以外にも、オーガニック給食の推進や、有機農家さんのリサーチ、子どもたちの教育のことなど幅が広がりつつあります。
日本が「良くなる」と思っている10代の子どもたちは、13%しか居ないといわれる現代社会。そこに必要なのはきっと、好奇心が掻き立てられるようなワクワクする「体験」なのだと感じています。
私たちが取材を通して知ったのは、ネガティブな課題と向き合い、自分や活動を通してポジティブに社会へ還元したり、子どもたちが思い描く未来が絶望的な未来ではなく、少しでも自然豊かな環境で夢を思い描いける未来であってほしいと、もがきながらも奮闘する人たちの姿でした。
そんな人たちが生み出す世界や言葉は、一つひとつが誰かや何かを思う優しさで創られていて、希望が湧いてくるような体験の場を生み出してくれています。
もし、みなさんの思い描く未来がネガティブなものだとしたら。自分には社会を変える力がないと感じているのだとしたら。一歩踏み出してtanetoの中にある世界と、おもしろい人たちに逢いに行ってみて下さい。「何かしたい」というポジティブな探究心を原動力に、希望の種が見つかるはずだから。