Learning by doing
実践しながら学ぶ|vol.9
tanetoのテーマの一つは「 – Learning by doing – 実践しながら学ぶこと」。環境問題に取り組みたいと思っても問題が複雑に思えて「何をしていいのか分からない」という声も多いなか、正解のないこの時代に進む道をみつけ、ひと足先に「めぐる暮らし」をはじめているあの人にお話を聞いてみるコーナーです。
今回お話を伺ったのは、久保田 あやさん
環境本のべストセラーとなった「DRAWDOWN」などの出版支援を行う。子育て仲間と台所からの地球再生を目指してRegeneKO共同代表としても活動中。
Instagram @aya.regeneration
「再生という希望」土に還り新しい命へとつながる、循環の一部としての生き方
大地の恵みが与えてくれた食卓を子どもたちと囲む。生ごみが出る。それを土に還す。そこからまた美味しい野菜が育つ。コンポストは私たちに、誰しも自然の循環の担い手になれるのだと教えてくれます。
そんなコンポストによる生命豊かな土づくりなどを通して、暮らしの中から循環と再生の輪を生み出し、当たり前になる活動を行っている「RegeneKO(リジェネコ)」。清里の森に抱かれ、土にふれる日々を送る、共同代表のひとりである久保田さんは「海のそばで育ったから、森のことはあまり知らなかった」と話します。
そもそも久保田さんの環境への思いは、子ども時代からのもの。長年の活動は常に、変えられない現状への絶望とともにありました。それでも、地球温暖化が激化する中で何かできることはないかと探していたとき、一冊の本と出会います。
「環境活動家のポール・ホーケンが書いた『地球温暖化を逆転させる100の方法 ドローダウン』という本があって。彼はその著書の中で、地球温暖化は解決できると言い切っているんです。それは私にとっては衝撃で、日本語でこの本を読みたいと強く思いました」。世界的ベストセラーとなったこの本は、ドローダウン・ジャパン・コンソーシアム(現:一般社団法人ワンジェネレーション)での出版チームの立ち上げや、クラウドファンディングを経て、邦訳の出版にまでこぎ着けます。そして続刊「リジェネレーション(再生)–––気候危機を今の世代で終わらせる」でも、著者は心を動かす言葉を投げかけました。「『すべての命は再生する』と彼は言っていて。これは、自分のやることだと思ったんです」
その後、命の創造や修復といった生命本来の働きによって地球を再生していく、人間独自の可能性を追求し「リジェネレーション」を広めていく動きは、環境教育を志す久保田さんの想いとも重なりながら発展。現在に至る久保田さんのこうした活動の背景には、「ドローダウン」に出会う前、清里という新しい環境に身を置くようになったことでより鮮やかさを増した、命あるものを生み出し続ける生命の誕生以来の力への理解があります。
八ヶ岳南麓の森や渓谷に囲まれた清里聖ヨハネ保育園と、その周りの豊かな自然。毎日森に行く子どもたちの体験やそれを取り巻く人々の中で、久保田さんの心にもたらされたのは、癒しと気づき。「清里が生活圏になって、それまで知らなかった森の生態系のこと…。八ヶ岳があって、川俣川渓谷があって、そこに生きる原生林や20〜30万年前の地層があってというつながりを知って」。生命ひとつひとつが、山や雪や風雨とともに生態系の一部としてお互いを支え合っているという実感は、地球温暖化による気候危機について考えるとき、人間の可能性という視点を持ち続ける姿勢の根底にいまもあり続けます。
他にも、影響を受けたものはさまざま。持続可能な社会のために行動する保育者・教育者の学び場である「ぐうたら村」や、園芸家ポール・スミザーが提唱する、自然を活かした森庭という園庭。環境教育のメッカともいえるキープ協会と、そこでの環境事業。ひいては、キープをつくったリーダーであり「清里の父」とも呼ばれるポール・ラッシュ博士の存在。そして特に有り難かったのは、子どもの多様性も親の多様性も受け入れてくれる、清里聖ヨハネ保育園のおおらかさと、日々森にふれて育つちいさな人たちが教えてくれることでした。
いま「人が再生者になれる」と思えるのも、ここで出会った環境と人と、自然の営みに触れる体験があったからです。森の中にいってみればみるほど、美しい関わり合いをしていて、何かしようということがおこがましく思えてきました。
心満たすほんとうの豊かさを伝える
もっとも、そうした環境の中で、自分がやっていることをはじめからオープンにできたわけではありません。「こう見えてけっこう引っ込み思案だし、自分のことへんな人だと思っているので」という久保田さんの背中をさりげなく押してくれたのは、ぐうたら村の管理人で、森の案内人でもあるゴリ(小西貴士)さん。保育園の保護者や地域の人のために「リジェネレーション」の読書会を開いてはとの声かけに、最初は戸惑った久保田さんも、3度目には頷きます。「さすがに3回も言われたらやんなきゃかなって(笑)」
そうして、地域で生活を営む人たちとの読書会がはじまりました。といっても、まじめに本を読んだのは最初の数回のみ。気づくと集まりは、それぞれの家にあるお米と野菜を持ち寄って、みんなで料理をして食べることがメインイベントのようになっていました。「みんなゆったりと楽しんでいて、子どもの話やいろんな話のなかに、地球や地域の課題のことが自然にある場になっていきました」
子どもや日々の暮らしを真ん中につながったこの会は、いつしか地域も巻き込んだコミュニティへと育ちます。バッグ型コンポストを開発した平由以子さん(株式会社ローカルフードサイクリング代表取締役)をお呼びした勉強会や、映画「君の根は」の上映会は大盛況で、地域で循環活動をしたいとの想いをあたためていた四井真治さん(パーマカルチャーデザイナー)、山戸ユカさん(Dill.eat.Lifeオーナー)といった心強い仲間が加わり、「台所からの地球再生」を名前のもととしたのがいまのRegeneKOです。
特に思い出せるようなきっかけがあったわけではなく、気づけば当たり前に環境に意識を向けていた。久保田さんは自身を、そんな子どもだったと振り返ります。高校時代から環境問題についての本を読み、大学以降は研究に取り組み論文も執筆。環境活動に向き合ってきた歴は長く、NPOの指導や、海外での活動もしてきましたが、活動をはじめて30年経ったいまでも、生ごみは相変わらず焼却され、温暖化はどんどん進行している。これまでの方法では、変わる部分もあるけど変わらない部分もあるということは、大きな気づきでした。
いまあるものにただ反対しても変化は訪れない。結局は人が「何に価値をおくか」という価値観そのものが変わらないと、社会は変化しないと久保田さんは言います。
「たとえば、いまの経済システムはお金が中心になっていて、お金をたくさん持っているほど豊かだと思われがちです。けれど、お金のみによらない何かがその人に深く触れるといった、心満たされる体験をすると、それが豊かさであることに気づくと思うんです」
そのためのひとつのきっかけがコンポスト。RegeneKO(リジェネコ)はRegeneration from Kitchen Organizationの略で、日々の台所から、誰にとっても命の循環と再生(regenaration)が当たり前の社会が立ち上がり、すべての人が人間の可能性を信じ、この美しい自然をずっと愛し続けられるようにという想いが込められています。
「正しさ」の外側に出るというと
RegeneKOをはじめとするさまざまな活動で、久保田さんが大切にしていることは、どんなこともまず自分がやってみること、「為す」ということだけ決めて、他人に強要しないことだそう。肝心なのは、「正しさでやらないってこと」これは、環境問題や社会問題と向き合ってきた30年の経験から得た学びです。
「子育てでも『これをやることが正しいんだよ』って子どもに言っても、ダメだなぁとつくづく思う体験があったんですよね。たとえば子どもに正しいっていっても、つまらなさそうな顔をして同じことを繰り返す。環境問題も『道にゴミを捨てないでください』ってたくさん書いてあるのに、やっぱり人は捨てるわけで」
かつては自分も正しさを基準に判断していたという久保田さん。しかし自らを俯瞰するうち、善悪の判断の外に出てみることが重要だと気づきます。誰かが嫌がることの反対側には、別の誰かが大事にしたいものがある。正しい、正しくないでぶつかり合うのではなく、お互いにわかり合うことこそが、真の平和を生み出すという自分の願いを叶えるのだと……。そんな想いに至りました。
「正しくないと思えることも、必ず背景に何かあるから。たとえば農薬にしろ除草剤にしろ、使ってほしくないという人と使いたいという人がいて、それぞれニーズがあるわけですよね。無農薬にしたいけど、それだと手間がかかりすぎて収入にならない、農業そのものをあきらめないといけないとか」
久保田さんは、人の心も今ある現実も、あるものをあると認めていくことが大切だと言います。現状を無視して、正しさを押し付けるだけでは変わらないし、続かない。
「だいたい『これはやっちゃだめなんです。これをすることが正しいんです』って言われ続けたら辛くなりませんか? でも、心地よいこと、楽しいこと、嬉しいことは続けられる」
外側の基準ばかりを押し付けることは、その人なりの感じ方や考え方を萎縮させてしまいます。けれど、それでは幸せになれない。心理学も学ぶ久保田さんは、理屈が先走る世の中でないがしろにされてきた、人の気持ちや直感にこそ価値を見いだします。
克服せずに生きていく
人を動かそうとするのではなく、自分自身がまず体現し、大切に思うことを伝えた結果として、なにかが起こるのを待つ。「その人の中の“なにかやりたい”を信頼すること」が、久保田さんの理想とするリーダーシップの要です。トップが引っ張っていくピラミッド型にはせず、むしろ自分のちょっとポンコツなところ、ダメなところも隠さずに受け入れるようにしているのは、お互いに支え合う自然の生態系に倣ってのこと。それは人間もまた、生態系の一部として誰かや何かと補い合うことによって生かされる存在だからです。
インタビューの最後に、久保田さん自身の「やりたい」について伺うと、「多くの人が、生態系の中で人間が本来果たしていた役割を思い出し、自然の循環の中に生きる喜びとともにあれたらいい。そのために、自分ができることを淡々とやっていく」との答えが返ってきました。
温度だけでなく、鳥の声や花の香りで四季を感じる。自然の恵みを、自分の肉とし住処とし、やがて土に還る。そこから草木が芽吹き、生き物たちが地表へと顔を出す春の訪れを、地球の一部として待つ。そんな生活から、現代を生きる私たちは随分と遠ざかってしまいました。しかしその反省からか、都市に自然を呼び込もうという動きも、世界では広がってきています。木漏れ日の中で土の匂いを感じるときの心の動き、おだやかに脈打つ鼓動や深くなる呼吸に感覚を研ぎ澄ますことは、頭で変わろうとするよりもずっと深く、自分の中に根を下すような変化をもたらすことでしょう。そして久保田さんは、その先で私たちがどう生きていくのかという答えをそれぞれが見つけることにこそ、価値はあるのだと言います。
「人間が『理解している』と表現するような頭で考えたことは、そんなに大したことじゃない。どちらかというと、心の奥底のまだ気づいていない部分に、大事なものが眠っているんじゃないでしょうか。いのちそのものを深く感じて取っていくことをし続けた結果、何かがまた起こると思っています」
久保田さん自身も、年齢を重ねできないことも増えていく中で、やりたいこと、たのしいことへの感度を磨き、自分を窮屈にするこだわりを削ぎ落としていっているのだそう。
「克服しない。克服も獲得もしないんです。できない自分もまるごとただ受け入れながら、内側から聞こえてくる願いに忠実でいればいいんだと思います」
久保田さんの言葉は、時に「弱さ」と呼ばれてしまうような、私たちの中にある揺らぎや移ろいを受け入れる勇気を手渡してくれるようでした。
Aya Kubota
RegeneKO Instagram @regeneko
活動拠点|北杜市
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小川 慈|Reach Out to Ecology
京都で医師として働くかたわら、包装ごみを減らす市民プロジェクト「くるん京都」やワンジェネレーションで活動。特技は積読を増やすこと。鴨川とコーヒーが好き。